ユニグマのブログ

最近の出来事・考えを訥々と書いていきます。

酩酊

「ライティングを習慣にしてやる~」とか過去の自分はほざいてたんだけれど、気付けば2週間ばかりが経過していた。
何をやっていたかと言われたらプログラミング学習をしていただけなんだけれど、なんか精神が段々と病んできたので、サボっていたライティングでもして気でも紛らわせようという魂胆です。
かと言って特筆して書く内容もないからここ1年ほど反芻ばかりしている悩み、その変遷みたいなものをダラっと書こうと思う。
まぁ別に解決したいとかそういうのではない。誰かに何か言われたからって治るものでもないなと認識している。

自分は3年程前から透徹して「30歳まで向上する」と決めて行動している。30歳は多くの人にとっては節目となる年。この年になると大抵の人は人生においての指向性が定まってきて、何かを手放す者もいれば、心のよりどころ、大きなモノを手に入れたり...そういう年だと思っている。
自分にとっての30歳は言ってしまえば人生におけるお受験みたいなもので、合格したら引き続き40歳まで向上して、結果を出せなければ自殺する。浪人なしの一発ゲーム。そういうルールのもとに行動している。まぁ元々自分は不健康な気質だから長生きはしないだろうなと見立てはついている。現状にも満足していないから、30歳で結果が出なかったら自殺しよう。と20歳の頃に決めた。

最初のうちは勉強がすごく楽しかった。元々「何かをやらされること」をものすごく毛嫌いして学生時代は勉学に取り組まなかったんだけど、高校を卒業して一週間経過した頃に、人生ではじめて「勉強したい」という衝動に駆られた。その瞬間からすぐに本屋に駆けこんで、人生で読んだことがなかった本を買い、目に入った英検5級の本を手に取った。初めての本は6時間かけて一気に読み終えた。「なんだこれ。すげえ」と言葉にできない感動を覚えた。
勉強は楽しい。覚えることでどんどん目が覚めていくような感じがした。世界が明瞭に見える。言葉がはっきり聞き取れる。

それからは失われた時間を取り戻すように学習漬けの毎日だった。

人生観やモノの在り方についても考えるようになった。そしてその頃に「30歳までに成功しなければ自殺しよう」という考えが出来上がった。自分にとっては良い傾向ではあったし、右肩上がりの人生が確約されたようなものだと息巻いていた。
そのあたりから仕事をサボって勉強したり、遅刻しても悪びれない。挨拶しない等の独断的行動が増えてきた。そうなると当然の如く仕事をクビになることも多くなった。勉強を重ねれば重ねるほど気が大きくなり、自分にとって不必要だと思う存在はとことん排斥していった。「働く」ことより「考える」ことが仕事に置き換わっていた。

20歳以前の自分がバイトしようものなら連続でオーダーを聞き間違えたり、毎日皿を割ってしまったり、躓いて盛大に料理をぶちまけキレられるというのが常だった。すっかり「すみません」が口癖になっていたけど、お願いされたら100%YESと期待に応えられるように努めていた。それは自分自身が何も才能がないから誰かにとっての必要な存在でありたいという自己保身だった。そんな過去からも、今ではすっかり周りにキレる立場にまわった。職場からは「浮いた存在」として見られ、俗に言う社会不適合者としての生き方にシフトしていくことにした。
人間関係においても10年後に周りを見渡した時、この人は隣にいるだろうか?と考えたら人と関わるのが億劫になった。何も考えていないような、今を生きるだけの人間に自分の考えが通じるわけないと思ったし、まぁ通じたから、それはそれでなんなんだ?とも思うようになった。
明るい未来を想像して、それを周りと共有して、それが成し遂げられなかったらただの欺瞞でしかない。
嘯くだけならもとより言わない方がいい。権威ある人が回りにいたり、周りが積極的に協力してくれるような人柄だったらまた別だとは思うが、少なくとも自分はそんな薄っぺらなものに価値は感じない。
「語りたいなら結果を示せ。荒唐無稽な話はするな」といった具合だ。
少なくとも自分の周りでは都合が良い時に感情・価値観で押し付け、都合が悪い時は合理で払いのける人が多い。一過性の安定のもとに築かれた程度の基盤で、弱い立場相手にマウントを取るなんて卑怯にもほどがある。今が成り立っているからそれでいいなんていうのは怠惰でしかない。自分の足元が揺らいでいることに気が付かないのか。人にああしろこうしろ。お前は間違っているだなんていうまえに自分の足元しっかり踏みしめているのかどうか確認したほうが良い。30年、40年と耐久性がない考えならマウント取りはやめておけ。本当にくだらない。感情論で語る人間はこれだから冷める。

話しが逸脱してしまったが、勉強にハマり初めて2年ばかりが経過した頃にバーンアウトシンドロームになった。

何をやってもやる気がでない、感動しないことに頭を抱えた。
どうしたらいいかも分からず、立ち止まることに不安を覚えた。あれだけ大見得切って自己研鑽に努めていたのに、今更人に迎合するなんてあり得ないし、元々歌手を目指していたこともあったり金持ちになりたいと、成功意欲みたいなものがあった。周りに馬鹿にされたくない。見下されたくない。それだけの為に動くことに決めた。
そんな考えから1年と数か月が経過。無職の日々が続いた。お金には興味がなくなり、ただただ借金だけが積みあがっていった。今から仕事をするってなっても、人と話す気力が起きない。そもそもコミュニケーションがとれないからクビになることもあったぐらいだ。雇用されて生きていくなんてもってのほかと思って諦めた。
音がうるさいところも、光がまぶしいところも好きではない。ただただ24時間365日独りでいたい。そんな願望が満たされる仕事といったら何かなと考えた所。

フリーランスのWEBエンジニアが良いかななんて思い始めた。

そう聞くと「は?なに言ってんだこいつ。フリーランスなんてコミュ力ないとできねーぞ?」なんて思われるだろうけど、自分である程度幅がきかせられる仕事ならなんとかできるだろう。そう思った。あとは単純に技術職じゃないと続ける価値を感じないとも思ったし...。
テレワーク、リモートワーク、ノマドワーク。これが至高だなと。そんなに技術力を必要とせず借金があって時間がないならこれが一番だと答えがでた。借金が返済できたらそこからはお金を生み出す仕組みを作っていこう。というのが今のプラン。複数のキャッシュポイントを育て上げて、能力の向上に注力するためにプログラミング学習を始めた。

ここからは最近の話しになるんだけど、体調があまりよろしくない。勉強を始めてから、毎年冬になると病気になる。今年は胃逆流食道症や声帯ポリープ、舌の感覚が麻痺したり、ED気味だったり...。勉強を毎日15時間以上はするようにはしているけど、同時に「これを続けて自分は救われるんだろうか」とか「30までには結果が出せるんだろうか」と不安になって質的にはあまり捗らないことが増えた。眠くても「勉強しないと死ぬ」っていう恐怖感と動悸もあって、ダラダラするのも怖くなった。
以前は散歩が趣味で「毎日2時間は空想に耽りながら自然を歩く」ことに幸せを感じていたんだけど、そんな生活も3年続けると考えることがなくなってきた。
いくら考えた所で自分が動かない限りはホンモノにはなりえないし、かと言って努力するのも数年かかる。
一つの分野に努力するのに2、3年もかかってたらあっという間に30歳になってGAME OVERになってしまうし,,,どうしたら効率よく向上できるか。情報にアクセスできるかとかアレコレ考えてしまうと、明るい未来を想像するのが怖くなった。
この年にもなってモラトリアム人間続行中とか痛々しいだろうし、Twitterを見るたびにものすごい勢いで成長している人、人生を謳歌している人を見ると怖くなる。
なんだか世界から取り残された感じが半端ない。

この先、どのように人生に対してどう向き合うべきか、不安で仕方ない今日この頃。